農業を知って3.11の見方が変わる

2011年3月11日2時46分、高校生だった僕は部活の練習中で、遠く離れた静岡では被害という被害はなかった。

「大きく揺れたな。津波やばいな。原発やばいな。」17歳の自分はその程度しか思っていなかったかもしれない。

 

だが、ここ数年東北の農家の方と関わって、その時の苦しみ、そして未だに残る苦しみを知って明らかに見方が変わったなと思う。

 

日本って都市と地方で格差があって、加えて地方の中でも潤ってる地方とそうでない地方がある。そこがそもそもの僕の問題意識です。

そんな中、東北の人たちなんて正直言ったら「なんでこの土地だけ?」と思ってしまうに違いない。福島の農家の人たちなんてあの一瞬で生活が変わってしまった、大きな格差が生まれてしまった。そう考えると今日という日は「自分が農業で何をしていくのか?」という大きな問いに向き合うべき日なんだろうと思います。

そうは言っても、僕が出会った福島の農家の方々は本当に強かった。この状況だからなんとかしてやろう、原発を言い訳にするのはやめようと言って、農業でどうしていくかを必死に考えていました。人間って本当に強い存在なんだなと思いました。

東日本大震災のレベルの災害はこの先しばらく起きないかもしれないけど、今年の大雪だったり九州の豪雨だったり、震災より小さい規模だけれども生活を脅かす災害は毎年のように起こっていて、そういう人たちをいかに支えていくか、どういうシステムを作って支えるかということを、自然に左右されがちな農業という世界にいて考えるようになりました。

 

まだ僕にできることはほとんどないのですが、皆さんが普段から行なっている「食べる」という行為を少し変えるだけで、ほんの少し幸せになる人がいるということを感じて欲しいなと、今日は特に思いました。

魚沼産コシヒカリが「特A」から転落したって言うから、特A米を調べてみた

ちょっとびっくりなニュースが入りました。

まずはこちらをご覧ください。

news.livedoor.com

 

毎年日本穀物検定協会が行なっている米の食味ランキングで、特Aランクが設定された平成元年の調査以来ずっとキープし続けた特Aの評価を遂に逃したという記事です。

魚沼の農業関係の方はショック大きそうですね…

 

この食味ランキングでは、専門家が「外観・香り・味・粘り・硬さ・総合評価」の6項目で食味を評価しているようです。ランクは5段階で「特A・A・A'・B・B'」に分けられ、今回魚沼のコシヒカリは「A評価」だったそうですね。

 

「天下の魚沼産コシヒカリが最高評価じゃなくて、どこが取れるんだ!」と思うでしょうから、まとめました。笑

 

2017年度米の食味ランキング「特A」の米

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※日本穀物検定協会HPを元に筆者作成

 

特Aって43品種もあります。しかも東北ばかりかと思ったらそうでもなく、比較的温暖な地域でも特A評価を取っています。

知らない品種も結構多いのでは?

 

にしても、この食味ランキングも疑問点が多いです。

何より、151産地品種中43品種(3割弱)が最高評価って割合大きすぎな気がします。

 

そもそも、何故等級があるのかという点についてですが、それは「情報の非対称性」が存在するからですよね。

つまり買い手と売り手の間で情報の共有ができておらず、売り手側が専門知識を有している場合、買い手側に不利益が出る可能性があるからです。

消費者が高品質なものと低品質なものの見分けが付かない時、低品質なものを高品質と称して売るインセンティブがはたらくってやつ。逆選択と呼ばれるものです(経済学やられている方にとっては至極当たり前なことを言っているはず。ごめんなさい…)。

 

こういった等級のような類は、情報劣位者である消費者が良い選択をできるようにという目的があるはずですが、

これだけ1つの等級に多く集まってしまうと、「極上の特A」と「そこそこの特A」があるということに理論上はなるんですよね。

そうなると、その等級ってそんなに意味をなさなくなってしまうと。

 

その他にも、地域全体で評価を受けてしまうのも勿体無いなと思います。

1つの産地でも良い米と悪い米を作っている生産者の方がいるわけで。

産地にレッテルを貼られてしまうような報じ方をされてるので、新聞社もそこらへんしっかりやってほしいですね。

 

==注意=======================================

ちなみに、等級という言葉を使ってしまいましたが、

「米の等級」と言うと通常は整粒率など国が定めた規格があるので、そちらと混同しないようお願いします。あくまで今回の食味ランキングについて等級と表現しました。

詳しくはこちら

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余談ですが、魚沼のコシヒカリって1993年(平成5年)も特A評価取ってるということを初めて知りました。日本中の米が大不作で、タイ米などを緊急輸入した年です。すごい。

さらに余談ですが、僕が生まれたのはその1993年の10月15日。本来なら収穫真っ盛りの時です。そんな僕が農業をあーだこーだ言っているのは、不思議な縁を感じます。

それでは今回はこんなところで。

 

 

「糖度偏重」の判断材料 農産物はどう評価すれば良いのか

こんばんは。

先日こんなツイートをしたら、いろんな方々が共感してくれて、私もずっとこれについては考えていました。

 

 

これに対し、先日、某マツコ・デラックスさんの番組に出演された、某みかん愛好会ファウンダーの清原くんは以下のようにリプしてくれました(ごめん番組見てない...)。

  

 

他にも農業関係の学生の方からの共感の声を頂きました。

トマトやミカンなどは一般的なスーパーでさえ糖度を店頭で表示するようになりました。でもこの糖度をほとんど理解せずに消費者は手に取っているのだろうなと思っています。

農産物の品目・品種が多様になったこの時代に、消費者が何を基準に見分ければ良いのかわからず、加えて小売店舗もそれを理解できていない差別化材料を提供しています。

そんなところに疑問を感じ、自分なりに整理がついている部分をまとめておこうと思います。

 

よくわからない指標:糖度

以前、六本木の高級スーパーで客と店員のこんなやりとりを見たことがあります。

 

主婦「このトマト、糖度◯◯度って書いてあったのに、酸っぱかったわよ!どういうこと!!」

店員「...申し訳ございません」

 

主婦としては甘いトマトを食べたいと思って糖度の高い商品を選んだようですが、酸味があったために結構な勢いで店員にブチ切れていました。

その主婦の鬼の形相たるや、六本木という土地柄もあり、資本主義のトップともなるとここまで傲慢になるものかと田舎者の私は興味深く見ていたものです(余談)。

 

トマトやミカンを差別化する指標として最近よく使われる「糖度」ですが、なぜこれほどまでに多用されているのでしょうか。

おそらく、農産物の中で定量化できる数少ない指標であることが理由として考えられます。

ちなみに言うと、酸度という指標もあります。つまり酸度が表示されていれば、六本木のあの主婦はブチ切れることはなかったのです。「甘いものは酸っぱくない」は間違いですよね。そうでなければ「甘酸っぱい」という日本語は存在しません。

ではなぜ酸度が表示されないのか。

これも僕の仮説ですが、酸度は非破壊で測定するのが難しいからではないかと考えます。このジャンルの権威とも言える教授の話を聞いてそう思いました。

糖度は非破壊で近赤外線分光反射測定というもので、破壊することなく推定が行われ、その平均値が表示されているものです。ちなみに糖度推定はそれなりに精度が良いものの、±1度は余裕でズレるそうです。しかも結構個体差もあります。

酸度もこの方法で推定するような試みの研究があるようですが、ノイズが入ってしまい、推定が難しいようです。

糖度も酸度も破壊的方法であればもちろん精度は上がるのでしょうが、そうすると出荷の効率が非常に悪くなってしまうので、現状のような情報提供の形となっているのではないかと推測しています。

 

定量的指標が増えれば、良い選択ができるのか

ダラダラと技術的な話をしてしまいましたが、何らかのイノベーションが起きて、糖度や酸度、旨味、etc...が容易に定量化できたら、消費者はより良い選択が可能になるのかと言われると、一概にそうではないような気もします。

なぜなら大半の人間は多次元の考察が苦手だからです。

小学校の算数はほとんどが1次元、つまり数直線上の議論で収まります。中学生になって2次元、つまり縦軸と横軸のグラフの議論、高校数学になって3次元、つまりx,y,z軸の空間的議論、大学の数学ではn次元を扱います。

お気づきかと思いますが、段々と理解できる人が減っていきます。笑

糖度だけが選択の唯一の指標となっていることは、人間にとって非常に合理的と言えます。

大事なのは、糖度が数多あるパラメータの一つであるという前提を知っておかないと、六本木の主婦が現れてしまうということです。

 

例:カゴメのトマト

消費者が1次元の軸で商品選択を行なっているという点と、一般的なトマトが糖度だけで差別化されているという点を上手く利用して販売できているというところでは、カゴメが優れているなあと思います。

カゴメというと野菜ジュースのイメージがありますが、実は生鮮トマトを販売しています。

カゴメ | 生鮮野菜 | 生鮮トマト | 生鮮トマトの商品ラインナップ

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見ていただくとわかるかと思いますが、秀でているポイントないしは各トマトの用途が一目でわかるようになっています。

例えばβカロテントマトは、8種類あるトマトの中でβカロテン含有量が最も秀でているということが瞬時にわかる。つまり、人間の脳内のβカロテンの数直線で最大の位置にそのトマトが存在することは、すぐにわかります。

 

あとは用途を指定していることも大きいなと思います。

スマホが普及した現代の消費者は、基本的に選択に対しての思考が停止しています。スマホで写真を取るだけでその中古品が現金化されるようなサービスが普及する背景と同じです。

cash.jp

 

このトマトもそれと同じで、用途を指定された方が楽なんですよね。決してそれが悪いと言っている訳ではなく「専用」と言ってもらった方が選択に時間をかけず合理的に判断ができます。

トマト以外に一つ例をあげると、こんなのもあります。

housefoods.jp

 

ライスにかけるクリームシチュー専用のルウ。これは本当に驚いた。というか、めちゃ美味かった笑

これも、別にバケットにつけて食べても良いんだけど、敢えてライス専用としてしまって訴求しています。無論ライス専用ルウで競い合っていないので、これも消費者の選択を非常に楽にしています。

カゴメのトマトやこのルウは、1つの軸で判断をしたい消費者のために、世の中にない軸を自分たちで上手に作った結果と言えます。

 

農産物の指標を見る側と作る側

農産物の指標を見る側、つまり消費者の方々がこれから意識した方が良いと思うのは、自分が何を意識して、何を前提としてその商品を選んだかという根拠を持つようにした方が良いということです。そうでないと、あなたも六本木の主婦になる日が近いかも...

 

難しいのは指標を作る側。特に最近は生産者の方々も直売をする人が増えてきており、なかなかに悩みどころではないかと推察します。私も、「こうすれば農産物が売れる!」という素晴らしいメソッドを持っている訳ではなく、同様にどんな指標を与えたら良いものかと未だ悶々としています。

 

ただ一つ言えることは、ご自身が作ったものの根拠づくりには多少の投資をしても良いのかなということです。

現在私は知り合いの生産者の方の販路開拓をお手伝いしておりますが、やはり定量的な根拠は強いなという印象があります。

大変美味しい米を作っている生産者の方は、外部には秘密の方法で土作りを行って土壌中のアミノ酸量を増やしていますが、その方法論を語るだけではなかなか顧客は納得しません。その生産者の方は今後、米粒中のアミノ酸量が一般的な米とどの程度異なるのか、調査をしようと検討されています。こうした努力が将来の販売を支えていくのではないかと思います。

あとは、ご自身の農産物が何に向いているのか、それを追求し上手く表現することが大事かと思います。

同じ米農家さんなんですが、自前の乾燥設備を上手く使うことで、コシヒカリの割に粘りが少ない米が出来上がります。これを僕は「カレー用に上手く水分量を調整している」と言ってカレー屋に営業をかけます。すると結構良い反応が返ってきます。

 

長くなってしまいました。それでも、まだまだ「農産物の評価」については思うことが多々あるので、たまにアウトプットしたいなと思います。

2018

あけましておめでとうございます。お正月はいかがお過ごしでしょうか。

私は実家のある静岡で、今年何をしようかと考えながらのんびりしたり、弟とバッティングセンターに行ってフルスイングしまくってたりしました。

今年は私生活でもフルスイングしまくって、挑戦していきたいですね。

 

年末年始ともなると、私のSNS上は2017年の振り返りや2018年の抱負を綴った文章だらけとなるのですが、私の性格上、それらとは異なる内容を書きたいなとつい思ってしまいます。しかし、たまには素直にその流れに乗ってみようと思います。抱負は備忘録にもなりますしね。

 

私の2018年の抱負は、「己の教典をつくる+布教」です。

 

昨年、私は会社を一人で設立しました。これからは私が仲間を見つけ、道を作り、仲間の道標を作らねばなりません。

そこで考えた結果がこの抱負です。

 

これまで私は「農業にこういう仕組みを加えたらより良くなるのではないか」という仮説を幾つも立ててきました。しかし問題だったのは、その思考のほとんどが私の頭の中から引き出されなかったこと。誰かに問われて無理やり言語化して、やっと人に伝わる状況でした。

だから、まずは私自身の思考・洞察・仮説・想像を充実させて、自分の言語として落とし込むこと。そして伝わるべき人を見つけ、伝えること。伝えた人が自発的に他者に伝えられるまで、伝えること。ここまで達成したいと考えています。

落とし込むまでが「教典」で、伝える人をつくるまでが「布教」。

 

誤解を恐れずに言えば、私は成功する組織とはマイルドなカルトの空気があると思っています。

私の高校の頃のバスケ部時代はかなりその空気を感じていました。

そもそもやってること不合理なんですよね。練習量は裏切らないといって、真夏に吐きそうなぐらい飯食わされた後シャトルラン2時間やったし、大晦日も正月三が日も全部朝9時から練習あったし...

でもそれが本番で異常な自信を生み出してくれた。重要なのは、不合理をどれだけ組織に浸透させられるかだと思います。

 

まずは己の思想を落とし込むところから動いていきます。今年も宜しくお願い申し上げます。

今月のどこかで、2018年の農業についても書いていきたいなと思っています。

ご報告とご紹介

こんばんは。

今日は農業のことではないのですが、ご報告と一つ紹介したいものがあります。

会社を設立しました。株式会社CULTAといいます。カルタと読んでください。私は代表取締役を務めます。

社名はCultivate Agriculture、つまり「農業の土壌を耕す」という意味があります。凝り固まった産業の構造を少しずつではありますが、変えていきたいという想いを込めてこの社名にしました。よく言われるぶっ壊すという表現よりかは、耕すという方が合ってるなと思います。

具体的な事業は現在準備中なので紹介できませんが、頑張る農家さんを全力で応援できるような事業を作り込んでいます。助けるのではなく、頑張る農家さんと一緒になって日本の農業を盛り上げていきたい、そう考えています。何より、農業は農家が主役なのですから。

SNSやブログでお付き合いさせて頂く農家の皆様、是非何かアドバイスやご意見がありましたらお気兼ねなく私にメッセージを送って頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

 

報告はここまでで、冒頭に申し上げた通り今回は一つ紹介したいことがあって筆を取るに至りました。私が今年の2月からお世話になっている、NPO法人ETIC.のプログラム「MAKERS UNIVERSITY」を紹介します。

おそらく学生向けのプログラムの中では充実度はトップだと思います。何かやりたいこと、企んでいること、社会に対して仕掛けてみたいことがある方は是非、この門戸を叩いてみてください。締め切りは12月5日、来週の火曜日です。お早めに!

以下は、今日私がFacebookに投稿したMAKERSの紹介文です。結構魂込めて書いたので、読んで頂けたら嬉しいです。

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【自分を「例外」だと思う皆さんへ】

久しぶりの投稿です。僕が2月からお世話になり、今後もずっとお付き合いさせて頂くNPO法人ETIC.のプログラム「MAKERS UNIVERSITY」を紹介させてください。

http://ow.ly/s1GL30gSTn6

このMAKERS UNIVERSITY、一言で言うとやりたいことを形にしていくプログラムです。

ただ、そんな謳い文句のプログラム自体は全国どこにでも存在するのですが、「やりたい」を形にしようとすると何か違う形が生まれるのが大概です。自分の芯を貫くことはしんどくて難しいから、楽な方向に逃げて、捻じ曲げた信念をあたかも本物のように自己暗示してしまう。そしてそれを妥協してしまうのが大半のような気がします。ただ、それはliving deadです。

実は今年の夏、僕も死んでました。自分は正しいんだと思いながら行動して、行動を評価されるようにしたら知らない間に自分の軸から大きく遠ざかった軸が生まれていました。そのままの自分であり続けたらと思うと恐ろしいです。

この軸を較正してくれたのがMAKERSでした。MAKERSは、優しいが、問われる。ただ、問われる人間は自分だけじゃないから、ちょっとした安心感がある。そして人生の先輩である素晴らしいメンターがいるから、問いの質も高い。メンバーも成長していって、日に日に思考が深くなる。僕も人の事業を一緒に考えるから成長できたと思うし、多様なメンバーだからこそ社会への眼差しも変わった一年だったなと感じます。

MAKERSはただの生温いコミュニティとは異なると思います。もともと僕は生温い学生コミュニティは蔑視することが多かったけど、ここは違いました。

このプログラムがあったからこそ僕自身、本物の信念に沿った事業をつくる会社を設立できました。まだまだ荒削りなプランですが、少しずつ形にしていきます。形にしていくプロセスも、多分メンバーに頼りまくるんだと思います。彼ら彼女らのことを、僕は酵母だと思っています。酵母が無ければ発酵はできない。発酵しなくてもそれなりのものはできるんだろうけども、それなりで終わりそうです。

このプログラム、現在3期生を募集中です。一つのことを追求し続けたら知らない間に一般社会の例外になってしまった学生には是非覗いて欲しい場所なので、応募してみてはいかがでしょうか。応募は12/5(火)までです。何かご相談ある方はお気軽に僕までメッセしてください。

自然栽培フェアに行ってきて思うこと

ブログ始めると宣言してから62日経過。もはやブログやるやる詐欺になってしまっていました。これから少しずつ更新します。

さて今日はあまり良いお天気ではなかったのですが、こんなイベントにちらっと顔を出してきました。

自然栽培フェア2017

年に一度、全国から50以上の自然栽培&有機栽培の農家さんが集まるマルシェで、今回私は初参加。悪天候にも関わらず結構人が多くて賑わってました(写真撮っておけばよかった...)

備忘録及びレポートとして、行ってきて私が思うことを書き留めておこうと思います。

具体的には以下のことを感じました。

  1. 相変わらず「オーガニック」というワードには強い引力が存在する
  2. オーガニックもまとまったら差別化が難しい
  3. 消費者騙しが可能???

以上の点を一つずつ。

1. 相変わらず「オーガニック」というワードには強い引力が存在する

私が到着した午後の時間帯の東京は雨がザーッと降り始めるような悪天候だったんですが、思っていた以上に人が多かったです。

日本のオーガニック野菜は一般的に市販されているものと比べて、およそ1.5〜2倍以上の価格がつきますが、それでも購入する方はやはり多いようです。多くは家族連れや40歳以上のマダム的な人が多かったような。あーやっぱりオーガニックって人気なんだなあと素直に思いました。

オーガニック消費者のイメージってどうしても裕福な家庭のマダムを想像してしまいますが、それもやはり間違っていないんだなと今日再確認しました。

以前私が別のマルシェで客の購買シーンをじーっと見ていたことがあるんですが、「これオーガニック?」と聞く人はやはりいました。オーガニックであるかどうかが購買の判断基準になっている方も結構いらっしゃるようですね。こういう人たちは有機栽培と自然栽培、減農薬、無農薬無化学肥料、特別栽培等の違いがわかっているのか...

以下私は有機栽培と自然栽培、減農薬、無農薬無化学肥料、特別栽培等をひと括りにしてオーガニックと呼ぶことにします。

2. オーガニックもまとまったら差別化が難しい

このイベントの面白かったところが、全て自然栽培や有機栽培、特定栽培など特殊な栽培方法を取っている農家さんしかいなかったというところ。しかも50以上も。これほど多くのオーガニック農家が集まるのも珍しい。

そうなるとどんなことが起こるか、想像つきますか?

これまで一般的なスーパーや直売では「オーガニックであること」だけで差別化が可能だったのに、このイベントの世界に入るとそれは差別化要因にならなくなるんです(当たり前ですが)。正直何を買ったらいいのか訳がわからなくなります。

さらに売っているものでも差別化ができなくなります。何故でしょうか。

売っているもの(野菜など)がどの農家さんも似ているからです。

年間降水量が世界平均の2倍以上ある日本は、そもそもそういった特殊な栽培をすること自体が難しい。そして野菜は品目によって栽培の難易度が大きく異なります。そうすると必然的にオーガニックで作れるものと作れないものがあるのです。

戦後の日本の食料供給を支えたサツマイモなんかは割とオーガニックでも栽培できるよと農家さんから聞いたことがありますが、アブラナ科のキャベツなんかはこの高温多湿JAPANにおいては虫さんの餌食になってしまってしょうがない。

だから今回は同時期にオーガニック農家がたくさん集まったために、売っているものも何が違うのかがよくわからないのです。本当に産地や品種の違いとかのレベル。皆似たようなものを売っていた。

こうなるとどんなことが起こるか。それは、

  • 価格競争
  • 消費者の理解が及ばない範囲での営業トーク

前者は理解が容易かと思います。オーガニックという高付加価値の作物を販売していたのに、値段を下げざるを得なくなります。このマルシェで私が各売り場の値段を逐一チェックしていた訳ではないのですが、オーガニック農家が増えれば起こりうることなのだろうなと実感しました。

これはアメリカのオーガニック市場が好例です。アメリカはオーガニック食品が人気であり、かつ主産地のカリフォルニア州は年間降水量が1000mm以下の地中海性気候なので圧倒的に日本よりもオーガニック栽培が容易です。ちなみに日本では、年間降水量の都道府県平均は約1700mmだそうです。

消費者ニーズを捉えてオーガニックに取り組む農家が多く、それを販売するお店(ホールフーズなど)も多いので、ここ最近オーガニック野菜の価格は一般的な野菜の価格とそれほど変わらないようですね。

後者は私が今日感じた最大のポイントです。次で説明します。

 

3. 消費者騙しが可能???

先ほど、「消費者は有機栽培と自然栽培、減農薬、無農薬無化学肥料、特別栽培等の違いがわかっているのか」と言いましたが、オーガニックであることだけで差別化できないならば、もしこの辺のことをこねくり回されたら消費者は簡単に騙されてしまいそうだと私は感じました。

わかりづらいと思うので具体的に今日の話を。

あるコメ農家さんとお話したんですが、その方はコメを自然栽培で育てているとのことでした。そして有機栽培は残留農薬があるではないかと主張されていました。

日本の有機認証制度の有機JASでは、有機栽培に使用してもよい農薬というものが存在します。普通に化学的なものです。その農家さんは、それは本当の有機栽培ではないと自分は思うと仰っていた。

長年自然栽培でコメを作ってきたとのことなので、ご自身のポリシーから純粋に話されていました。ただ消費者側から見たら無根拠に自然栽培の方がいいねという結論に至ってしまいかねないなと思いました。

今日話した方は決してそうではなかったのですが、これ悪用も可能だなと思います。消費者のリテラシーが低いこの日本において、根拠のないオーガニックの優位性を主張すれば消費者が少し高価でも購入してくれる。

ならばそれを謳い文句にして売った方がいいじゃないか。慣行栽培を否定する売り文句で営業したら自分の作物が売れる。

そんなことも可能なんだなと、今日感じました。

 

結論:多様なものは多様なものとして受け入れよう

近年はオーガニックというワードがまかり通り、世の消費者はなんとなくオーガニックが美味しいとか安全だとか言うわけです。根拠もなく。

前提として僕はオーガニックを否定する人間では全くありません。

むしろこれほど高温多湿な日本においてオーガニックを実現するのは本当に技術力が高い証拠ですし、オーガニックの作物が美味しいと感じることが多いことも事実です。その努力は自分の想像を超えていると思います。

オーガニックが美味しい傾向にある理由については、実際にオーガニック栽培を手掛けていらっしゃる久松さんという方の著書「キレイゴトぬきの農業論」が非常に参考になります。

http://amzn.asia/hgp2vIN

著書の中で久松さんは、オーガニックだから美味しいは間違いだがオーガニック栽培の過程を経て結果的に美味しくなる。と述べられています。またオーガニックだから安全というのも間違っていると述べられています。

私が声高に言いたいのは、消費者が乏しい知識にも関わらずオーガニックと慣行栽培に対立構造を作るのはおかしいということです。

私はこれまでオーガニック栽培を広げられない日本の農業はおかしいと主張する人を何人も見てきました。ただ日本の農業は海外の農業と明らかに環境状況も異なりますし、消費者嗜好も異なります。一概に日本の農家全体の努力が足りないかと言われれば、私は違うと思うのです。

逆に慣行栽培をしている農家さんの中にもオーガニック栽培を否定する方もいます。

ただ日本の農業が仮に全てオーガニックになったら、そもそも国の食糧安全保障に関わります。一方で美味しいと言われるオーガニックの野菜で作った料理に特別感を感じて幸せを味わっている人もいる訳です。どちらも農業の重要な役割を担っていることは事実です。そこに対立構造を持って議論する必要は毛頭ない。

今日こんなニュースがありました。

www.yomiuri.co.jp

読売新聞が悪いのかもしれませんが、これも「有機だからうまくて安全」という短絡的な根拠のタイトル。これを学校が将来の消費者である子供たちにもし教えていたら、果たしてそれが本当の食育なのでしょうか?

これからの消費者には、根拠を持つ少しの努力をして「買う」という行為をしてほしいなと思います。